
中国国内では、アリババ(阿里巴巴集団)とテンセント(腾讯)の戦いが激化しています。
もともとベースが異なる2つの企業ですが、両社の事業領域の拡大に伴い、近年ではアリババのアリペイと、テンセントのウィーチャットペイは、真っ向からぶつかるようになりました。今後はAI事業で両社はぶつかると思いますが、テンセントにはどのような強みがあるのでしょうか?
ここでは、アリババを追い抜く勢いのあるテンセントについて詳しく解説します。
テンセントとは
出典:腾讯(テンセント)
テンセントは、中国でアリババと株式時価総額のトップを争う巨大企業です。SNSで急成長したことから、テンセントを「中国版のフェイスブック」と呼ぶ人もいます。
テンセントの企業理念
テンセントは「improve the quality of life through internet value-added service(インターネットの付加価値サービスによって生活のクオリティを向上させる)」という企業理念を掲げています。
この企業理念の中で注目するべきは「生活のクオリティ」という部分です。テンセントは、インターネットの付加価値サービスというのは手段であり、実は事業領域はインターネットの世界だけに限定されているわけではありません。重要なことは「生活のクオリティを向上させる」という目的の部分です。
テンセントは、「中国人の生活のクオリティを向上させる」という使命をベースに事業展開しているため、生活にかかわるあらゆる領域へと事業を拡大しているわけです。
テンセントの創業者のポニー・マー
出典:明報財經
テンセントの強みは総合力の高さにあります。
これは、創業者の1人であるCEOのポニー・マーのリーダーシップによるところが大きいと考えられます。ポニー・マーは「誰よりも冒険を嫌う慎重派」「常識人の中の常識人」というのが周囲の評価であり、非常に真面目で勤勉な人物として知られています。
企業経営においては、チームワークを重視しており、幹部が集まる最高経営会議では、ポニー・マーが聞き役に徹して意見調整を担うとも言われているのです。
創業した1998年からしばらくの間は、5人の創業者のうち1人でも強く反対した案は却下するというルールも設けられていたようです。このようにポニー・マーは、経営者として、非常にバランスの取れた人物であることがわかります。このリーダーシップを反映して、テンセントは高度経済成長期の日本企業のようなワークスタイルを築き上げています。
テンセントの収益構造
「コミュニケーション&ソーシャル」と位置付けるSNSを軸に戦略的に多角化を推進し、ゲーム、金融、自動車運転などさまざまなビジネスを垂直統合するというのがテンセントの事業構造です。
2018年のデータで、テンセントの収益を見ると、売上の65%を占めるのがVAS収入です。この内の多くは、ゲーム内課金が占めていると考えられます。
そのため、収益構造から考えると、テンセントはゲーム会社といってもいいほどなのです。VASの契約者、すなわち課金サービスの利用者は1億5400万人にものぼります。VAS収入は、2018年第2四半期は、前年同期比14%増と2桁成長しており、オンラインゲームは引き続きテンセントの注力事業にもなっています。
※VAS=Value Added Services(SNSやゲームなど課金を対象にした媒体のサービス)
【テンセントの収益構造】
VAS:約65%
オンライン広告:約17%
その他のサービス:約18%
テンセントの事業内容
テンセントの事業内容について詳しく見ていきましょう。
テクノロジーの総合百貨店
テンセントとフェイスブックとの違いは際立ちます。
フェイスブックがSNSで強固な基盤を築くことに特化して広告で稼ぐというビジネスを展開しているのに対して、テンセントの事業領域は、SNSを起点にしながらも非常に幅広く、ゲームなどのデジタルコンテンツの提供、決済などの金融サービス、AIによる自動運転や医療サービスへの参入、アマゾンのAWSのクラウドサービス、アリババと勝負する小売の店舗展開など多岐に渡ります。
テンセントをどのような企業なのかを一言で述べるならば、テクノロジーの総合百貨店ということになるでしょう。
コミュニケーション&ソーシャル
テンセントは総合百貨店と説明しましたが、ビジネスの中核を成すのは、同社が「コミュニケーション&ソーシャル」と位置づける「QQ」「WeChat」「Qゾーン」などのサービスです。QQは、主にPC向けのメールのようなサービス、WeChatはモバイル向けのlineのようなメッセージアプリ。
Qゾーンは、ブログを書いたり写真を共有したりできるSNSで、フェイスブックのようなものです。
テンセントのMAU(Monthly Active Users)
テンセントのMAUは下記の通りです。
重複するユーザーが多数いることを考慮してもMAUが約20億人を超えるフェイスブックに迫るレベルでユーザーを獲得していることが窺えます。
なお、テンセントのSNSのユーザーは主に中国です。中国の人口は約14億人ですから、WeChatのユーザーが10億人という数字は、いかにテンセントのモバイルコミュニケーションサービスが中国社会に広がっているかを示すものと言えます。
SNSをテコにゲームや決済サービスを展開
中国国内でコミュニケーションのインフラ企業となったテンセントは、SNSをテコに幅広く事業領域を拡大しています。
WeChatやQQ、Qゾーンなどの「コミュニケーション&ソーシャル」を中心に「オンラインゲーム」「メディア」「フィンテック」「ユーティリティー」の歯車が連動しています。
つまり、テンセントは、SNSで獲得したユーザーに対し、ゲームや動画、ニュース、文学といったコンテンツや決済サービス、アプリケーションのストアなどを提供しているわけです。これらのサービスを一部でユーザーに課金し、それを総称してVAS(Value Added Service)と呼んでいます。
テンセントの売上高の実に65%はVASによるものなのです。
存在が大きいオンラインゲーム
とくにテンセントの事業の中で存在感が大きいのは、PCやスマホ向けに提供しているオンラインゲームです。
テンセントを良く知る人であれば、同社に対して「オンラインゲームで大きく成長した会社」というイメージを持っているかもしれません。
出典:王者栄耀(Honor of Kings)
とくに2015年に投入したオリジナルゲーム「Honor of Kings」は1億を超えるダウンロードを記録して、社会現象になりました。このオンラインゲームでは、ゲーム内課金があります。ゲームユーザーは、ゲーム内で使える武器などのアイテムやアイコンなどを購入して楽しむのです。
これが、同社のVASにおいて大きな売り上げに繋がっています。
アリペイを猛追するWeChatPay(ウィーチャットペイ)
もう1つ、アリババのアリペイを猛追しているモバイル決済にWeChatPay(ウィーチャットペイ)もテンセントの事業の中で目を引く存在です。
QRコードによる店舗での支払いや個人間送金のほか、Eコマースでの支払いなど幅広いシーンで使われています。
もともとアリペイが普及しているところに、テンセントのWeChatPayが後を追いかけた構図になっているわけですが、中国国内のモバイル決済のシェアは、足元ではアリペイとウィーチャットペイが、ほぼ拮抗した状況という報告も上がっています。
これほど、テンセントが追い上げているのは、WeChatPayがWeChatPayのアプリの中にある「ウォレット」という機能からすぐに利用できるということも要因でしょう。やはり、コミュニケーションのインフラを握っているということが強みとなっていることが伺えます。
テンセントの今後の戦略
テンセントは、2017年アニュアルレポートで、これからの戦略的に強化する事業分野を6つ挙げています。
【今後強化をする6つの事業】
・オンラインゲーム
・デジタルコンテンツ
・ペイメント関連・インターネット金融サービス
・クラウド
・AI
・スマートリテール
上記の事業を今後強化していく方針のテンセントですが、戦略を詳しく解説していきます。
「AI×医療」に注力する
テンセントの注力分野として注目したいのがAI戦略です。AIは、さまざまな領域で存在感を増していますが、テンセントは特に「AI×医療」「AI×自動運転」に力を入れています。
中国政府が発表した「次世代人工知能の開放・革新プラットフォーム」では、国策のAI事業として、その委託先が決められました。
アリババが「AI×都市計画」、テンセントが「AI×医療画像」を委託されています。このような背景には、もともと医療サービスに関するAIの研究をしていたテンセントへの中国政府の期待があると考えられます。
AI医学画像連合実験室を設立
テンセントは、顔認識などのAI技術を結集し、2017年8月には「AI医学画像連合実験室」を設立しています。
この実験室では、食堂がんの早期スクリーニング臨床実験の仕組みを整えています。従来、医療画像の読影は、医師の技量と経験に頼らざるを得なかった面があります。そこでAIを活用し、精度を高めようというわけです。
過去の病理診断データや医者のネットワークを活用してAIに学習させることにより、がんの早期発見はもちろん、微細な腫瘍の検出やCT検査の精度向上などが期待できます。
テンエントのスマート医療サービスの内容
テンセントの「スマート医療サービス」の構想は幅広く「ウィーチャットスマート病院」では、オンラインでの診察番号の取得や診察料金の支払い、診察時間の通知、病院内のルート案内などの機能を実現しています。また、支払い方法の多様化や、処方箋の電送により身近なドラッグストアや自宅で薬を受け取れる仕組みなどを提供する見込みです。
このほか、AIの活用によりオンラインでの診断や問い合わせ、診察後のアフターケアなどの対応を自動化したり医療画像診断を支援したりする機能も開発しています。また、ブロックチェーン技術により、診察情報の記録を一元管理し、医師が患者の診療状況や健康診断などの詳細をさかのぼって参照できるようにするともいいます。
病院で診察を受けたり、薬の処方を受けたりする際の面倒さや手続きの煩雑さなどが軽減されれば、医療関係者の負担軽減にも繋がるでしょう。
また、従来は一元化されていなかった医療関連情報の履歴が管理されて参照できるようになれば、医療の質の向上にも貢献することになりそうです。
テンセントの強みのミニプログラム
テンセントの戦略の中で注目したいのが、ウィーチャットアプリで利用できる「ミニプログラム」です。
ミニプログラムは、2017年1月にスタートしたサービスで、簡単に言えば「アプリ内のアプリ」の提供を可能にするものです。たとえば、アップルが提供するアップストアに並ぶアプリは、すべてプラットフォーマーであるアップルの基本ソフト「iOS」に適した形で開発されたアプリです。
つまり、アプリ開発者はアップルに応じた開発言語でアプリを開発し、アップルの審査を通さなければアプリを提供することができません。
この点、ミニプログラムは、プラットオフォーマーへの申請の必要はありません。アプリの開発者に、ウィーチャットをプラットフォームとして開放しているのです。つまり、テンセントが認めたアプリであれば、ウィーチャット上で提供することができるわけです。これは、スマホアプリの概念を変えるものとなるでしょう。
小売業のサービスと結びつくアプリが多数
従来のスマホアプリと比較した場合、ミニプログラムは専用ストアがないことが特徴です。
ユーザーが利用したいアプリを入手する主な方法の1つはQRコードであり、レストランのアプリや小売りのアプリなど、リアル店舗と結びついているアプリが数多くあるのです。ミニプログラムは、オンラインビジネスだけではなくて、オフラインのビジネスも取り込み、新小売の世界にも影響を及ぼしつつあると考えられるでしょう。
まとめ
今回は、アリババと猛追しているテンセントについて解説しました。
ソーシャルメディア&コミュニティのサービスから始まったテンセントですが、近頃はSNSを中心としてさまざまな事業展開をしています。テンセントが目指す、オフラインとオンラインを融合するビジネスモデルは、今後の日本のビジネスにも多いに役立つこと間違いありません。そのため、今後のテンセントの動きにも注目をしておきましょう。
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