
企業などがデジタルマネーで給与を従業員に支払えるよう、厚生労働省は規制を見直す方針を固めました。デジタルマネーの給与支払いは、国内で増えている外国人労働者にとっても利便性が高まるというメリットがあります。
この記事では、デジタルマネーでの給与支払いが解禁されると、どのようなメリットがあるのかについて解説します。
デジタルマネーとは
デジタルマネーとは、実際の貨幣を使わないで、電子情報のみで代金を支払うことができる貨幣のことです。現金ではない電子マネーや仮想通貨といったものすべてがデジタルマネーです。
それでは、デジタルマネーの特徴について見ていきましょう。
法定通貨の代替となる
デジタルマネーである電子マネーと仮想通貨は、日本円や米ドルなどの法定通貨を基準としているかどうかで大きな違いがあります。
電子マネーはあくまでも法定通貨の代わりです。一方、仮想通貨は特定の国によって価値が保証されていません。ユーザー同士が取引の承認をするなど、国に依存しないシステムを構築しているためです。
オフライン・オンラインで使用できる
決済の方法には、次の2つがあります。
インターネットを利用したオンライン決済
オンライン決済とは、電子マネーを発行している金融機関と、買い物する店舗をインターネットで結んで決済する方法のことです。クレジットカードや電子マネーなどが利用できます。
リアルの世界で決済するオフライン決済
オフライン決済は、磁気 IC チップに買い物した情報を収めることで決済します。買い物したあと、電子マネーのカードをかざして代金を支払います。デジタルマネーは、オンライン・オフラインどちらでも利用可能です。
即時に電子決済ができる
店舗側にとって、電子マネーはその場で決済が完了する即時決済になります。クレジットカードなどポストペイ型は、顧客から見ると後払いですが、店舗にはカード会社が支払いを代行してくれます。そのため代金未回収のリスクが少なく、安心して使うことができるのです。
デジタルマネーでの給与支払いが解禁か
厚生労働省は、企業などが給与をデジタルマネーで支払えるよう規制を見直す方針を固めました。2019年にもカードやスマートフォンの資金決済アプリなどに送金できるようにします。
経済産業省が調べた国内キャッシュレス支払額は2016年で60兆円になり、2008年の35兆円から7割増えました。
スマホ決済や電子マネーで買い物する姿も珍しくありません。デジタルマネーで給与支払いが可能になればキャッシュレス化の推進が期待されますが、電子マネーの管理業者が経営破綻した時に、入金済みの給与をどう保全するかなどの課題もあります。
デジタルマネー給与支払いに関する報道内容
デジタルマネー給与支払いは、2018年3月に東京都が国家戦略特区の会議に提案したのが議論の始まりです。小池知事が発案したのは、急増する外国人労働者への対応がきっかけでした。
外国人労働者が日本で銀行口座を開くには、国内に住所があり、期間が1年以上の在留カードなどが必要です。近年、人手不足で外国人労働者が増えています。しかし、中には銀行口座を開くことができない人もいるので、「給与振込口座を開けない」といった相談が増えていたのです。
賃金支払いの原則とは
これまで給与の支払手段は労働基準法で規制され、銀行口座が事実上の独占的な地位を占めていました。1947年制定の労働基準法第24条では、労働者への給与の支払いを「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を、毎月1回以上、一定に期日を定めて支払わなければならない」と定めています。
通貨払いの原則は以下の2つです。
1.現物給与の禁止
賃金は、通貨で支払わなければいけません。小切手や現物給与は禁じられています。ただし、通勤定期券の現物支給など、法律または労働協約で別に定めがある場合は通貨以外で支払うことができます。
2.預貯金口座への振り込み
労働者本人の同意を得た場合は、金融機関の本人名義の預貯金口座への振り込み、または証券総合口座への払い込みができます。
労働基準法施行規則の見直し
過去70年間も「給与は現金」の原則を厚生労働省は守ってきました。しかし、デジタルマネーも認める方向で金融庁や関連業界と調整に入っています。厚生労働省は、2019年に労働基準法の省令を改正し、スマートフォンの賃金決済アプリやプリペイドカードなどに給与を送金できるようにする方針です。
従業員は、デジタルマネー払いと現金払いを選択できます。
企業は、指定した決済アプリやカードに給料を入金し、入金された給与はATMなどで月1回以上、手数料なしで引き出せることが条件です。ただし、仮想通貨は価格変動が激しいため、給与支払いの対象にはなりません。
資金移動業者の存在
給与支払いをデジタルマネーにするサービスを提供する企業は、「資金移動業者」として金融庁に登録した上で、厚生労働省の指定を受ける必要があります。
資金移動業者とは、資金決済法で定められた業で、銀行等以外のものが1件あたり100万円以下の「為替取引」を営む行為を指します。給与の振り込みも為替取引の一種で「内国為替」と呼ばれています。
保険制度の適用外が課題
現在、主流となっている銀行の給与振込口座の安全性は高いです。銀行に預け入れられた預金などはペイオフ制度の対象になっているからです。
ペイオフとは、銀行などの金融機関が破綻しても、預金者一人につき1000万円までの元本と利息が保証される制度。資金移動業者も預かったお金の100%以上を保全する必要があります。しかし、給与が引き出せない事態を防ぐために、厚生労働省はより厳しい基準を適用する方向で検討しています。
それでは、デジタルマネーのメリットについて確認しましょう。
デジタルマネーのメリット
外国人労働者への利便性が上がる
深刻化する国内の人手不足を受けて、外国人労働者の受け入れが進んでいます。厚生労働省の調査によると、2018年10月末時点の外国人労働者数は約146万人に達しています。デジタルマネーによる給与支払いは、外国人投資家にとって恩恵が大きいと考えられます。
外国人労働者が国内で銀行口座を開設するには、次のような条件が必要だからです。
1 日本国内に住所がある
2 90日以上の長期滞在ビザを持っている
3 日本での滞在期間が6カ月以上
これらの条件を満たすのは難しく、多くの外国人労働者は銀行口座を持っていません。デジタルマネーは銀行口座を開設する必要はなく、海外への送金手数料や両替コストも安くなる場合もあるため、歓迎する声は多いでしょう。
資金の流れが明確になる
デジタルマネーによる給与支払い時に、社会保険料や所得税・消費税などを自動徴収することが可能です。資金の流れが明確になるので、税務の効率化も図れます。
キャッシュレス化の推進になる
日本のキャッシュレス決済の比率は2割程度。欧米の4~5割に比べると遅れています。政府は2025年までに比率を4割に引き上げることを目標としていて、デジタルマネーでの給与支払いもそのための政策の一環です。
しかし、今後も「給与は現金払いが原則」というのは変わりません。外国人労働者が多い企業のニーズは強いものの、日本人の給与のデジタルマネー支払いがどこまで広がるかは不透明です。
現金流通コストが削減できる
現金決済をするためには、金融機関の窓口の人件費やATMなど多くのコストがかかります。デジタルマネーでの給与支払いなら、このようなコストを削減できます。
世界のデジタルマネー事情とは
米国のペイロールカード事情
給与支払いのためのカードは、米国では「ペイロールカード」と呼ばれています。ペイロールカードの特徴は、利用するために銀行口座を開設する必要がないことです。ペイロールカードのみで現金の引き出しや決済ができるので、銀行口座の開設が難しい人でも利用できるのです。
米国では低所得層や移民を中心に利用者が増えていて、ペイロールカードで給料を受取る人は2019年に1,200万人に達すると見込まれています。
なぜ米国でペイロールカードが普及したのでしょうか。
給与は、日本では銀行口座振り込みが一般的ですが、米国では「小切手払い」が一般的です。しかし、給与を小切手で受け取るとき、次のような手間や費用がかかります。社員はオフィスに行って紙の小切手を受け取る必要があります。
小切手は、「checking account(小切手口座)」に入金して使えるようになりますが、米国には小切手口座を持たない人が7,000万人近くいる「checking account」のない人は、小切手を現金に替えてくれる業者に持ち込む必要がありますが、手数料がかかります。
また、小切手を現金化できても、管理する手段がありません。多額の現金を保有すると、紛失や盗難などのリスクがあります。
また、給与を支払う企業にとっても、紙の小切手を準備して配布する業務コストや、不正利用に対応するためのコストがかかります。
そこで、ペイロールカードが使われるようになったのです。ペイロールカードなら給料日にわざわざ小切手を受取に行く必要がないほか、小切手口座がない人も、ペイロールカード口座自体にお金を預けておくことができるので安心です。
参考記事:日本での解禁も間近?ペイロールカードの給与支払いを徹底解説
ケニアの給与電子マネー支払い
給与電子マネーが広がっているのが、アフリカのケニアです。ケニアでは、電子マネーシステムMーPESA(エムペサ)が普及しています。エムペサを利用すれば、相手の携帯番号や金額・暗証番号を入力したショートメッセージを送信するだけで送金できます。
経済成長が著しいケニアでは、このエムペサを利用して、給与が従業員の携帯電話に直接振り込まれるケースが広がっているのです。
エムペサは2007年に始まった新しいサービスですが、ケニア国民の70%以上が利用し、GDPの4割以上が取引されているといわれています。エムペサが普及した原因は、ケニアでの高い携帯電話の普及率です。2台持ちの人も多いので、普及率は成人人の100%を超えているともいわれています。
ケニアでは銀行口座を持っていない人が多いので、電子マネーでの給与振り込みが広がったのです。
参考記事:最先端のアフリカ・フィンテック!経済を大きく変えた電子マネー「M-PESA(エムピサ)」
まとめ
給与の支払いは労働基準法で規制され、銀行振込がほぼ唯一の手段となっていました。しかし、厚生労働省は2019年に規制緩和してデジタルマネーによる給与振込を認めることを表明しています。
背景にあるのは、増え続ける外国人労働者です。国内の銀行口座を保有していない人がほとんどなので、デジタルマネーによる給与振込は歓迎する声が多いでしょう。国内の労働者にもデジタルマネーによる給与振込が広がれば、我が国のキャッスレス化が一気に進む可能性もありそうです。