急速な広がりを見せる、21世紀型社会経済への転換「スポーツテック」

スポーツ産業で最新テクノロジーの活用が始まっています。その背景にあるのがスポーツ関連市場の拡大です。

スポーツ先進国の米国では、スポーツ産業は50兆円もの巨大市場であり、すでに自動車産業に匹敵する規模となっています。

一方、米国と比較すると日本のスポーツ産業は発展途上であり、2010年時点で5兆円規模に市場と推定されています。政府は「日本再興戦略2016年」において、オリンピックまでに日本のスポーツ産業の市場を10兆円にまでに拡大させるという目標を定めており、これに向けて、スポーツ業界だけではなく、テクノロジー起業も巻き込んで、日本の産業界が動き出しているのです。

ここでは、拡大するスポーツ産業について詳しく解説します。

スポーツテックとは

近年、スポーツとテクノロジーが融合した「スポーツテック」という分野が注目され始めています。スポーツテックとは、一般にスポーツを高度化したり、新たなスポーツを創り出すために用いられたりする素材技術や医学、ITなどのさまざまな分野のテクノロジー全般を示します。

空気抵抗の少ないスポーツウェア素材の研究や、アスリートのフォームの分析への流体力学の応用など、専門的なテクノロジーの応用は、それぞれの競技で進められてきました。

それらに加えて、この1・2年で急速に進展したのは、スポーツの「デジタル化」です。スポーツ意外の業界でも進行しているデジタルテクノロジーの活用が、広くさまざまな競技種目に影響を及ぼしつつあります。

アスリートの能力のデジタル化

パフォーマンスの高いアスリートとそうではないアスリートの違いは何でしょうか?互角の身体能力を持ったチーム同士の勝敗を分ける違いは何でしょうか?

スポーツにまつわるパフォーマンスの差を分ける身体知や試合運びなどは、これまで非常に感覚的なものだと捉えられ、他社に伝承していくのが難しいと思われてきました。その理由は、アスリートやチーム同士の体の使い方や動きを数値化して分析することができなかったからです。

昨今のデジタル技術の進化は、このような障壁を乗り越えつつあります。

たとえば、現在のサッカー選手はGPSを搭載した小型のウェアラブル端末を背中に装着してフィールドを駆け回っています。そのため、特定のタイミングで、どのプレーヤーがどの位置でどんなプレーをしていたのかを追跡して分析することが可能です。

フィールド上でのアスリートの位置の把握と移動速度、加速度などをデータ化できるプロ向けのウェアラブルトラッカーです。オーストラリアのカタパルトが提供するこのソリューションは、ドイツの競合サッカーチームやスペインのレアル・マドリードなどでも採用されています。

広がりを見せるアスリートの行動把握技術

サッカーから始まったフィールドにおけるアスリートの行動把握は、今ではラグビーやアイスホッケー、さらにはバスケットボールなどにも広がっています。

2015年にFIFA(国際サッカー連盟)が、公式試合でのウェアラブルセンサーの着用が認められたことから、以降、Jリーグでも採用が進んでいます。今後は、プロのアスリートから大学、ジュニアユースチームへと広がっていく見込みです。

アスリートの行動のデジタル化は、フィールド協議だけではありません。テニスやゴルフなどの道具を用いる競技においても、画像解析やセンサーの活用が進んでいます。

たとえば、テニスの場合、サーブ動作を複数の視点で捉えた映像から3次元モデルを生成し、フォームの改善に活かしています。ゴルフでは、「スマートファブリック」と呼ばれる身体の動きを捉える衣服型センサーによって、スイングの良し悪しをデジタル計測することが可能となりました。

指導者はリアルタイムの分析・指導が可能

アスリートの行動のデジタルデータが入手できると、監督やコーチなどアスリートを指導する人々が、これまで以上にきめ細かな分析やアドバイスができるようになります。

従来、スポーツにデータ分析を持ち込んで成功した例としては、2011年に公開された映画「マネーボール」で取り上げられたオークランド・アスレチックスが有名です。1990年代のアスレチックスは、資金力に乏しいために、花形選手を獲得できず戦績が低迷していました。

新たにゼネラルマネージャーに就任したウィリアム・ビーン氏は、出塁率、長打率などの数値から勝率を上げる要素を分析する「セイバーメトリクス」と呼ばれる手法を採用したことで、競合に返り咲きました。

現在では、結果でしかない静的なデータだけではなく、センサーからリアルタイムに取得したデータや、選手の身体の具体的な使い方のデータを用いることができるようになりました。その結果、アスリートが競技をしているその場でタイムリーなアドバイスをしたり、好結果につながる改善要素を見出したりすることが可能となります。

デジタルデータを活用した指導事例

カタバルトのウェアラブルセンサーを導入したチームのコーチは、プレイヤーのフィールド上の動きをデータを用いて、選手の試合・練習を通じた累積的な運動強化や疲労をモニタリングしています。

GPSから得られる異動データ(速度・距離)や加速度センサーの記録から、個々の選手が運動強度の高い急なダッシュをどれぐらい連続しているかを判断できるようになるのです。

故障を抱えた選手や疲労が蓄積している選手に高負荷の運動を強いるとケガや故障のリスクが高くなるため、データを確認しながら、故障する前に休ませるということが可能になります。

怪我や故障による選手の離脱は、チームの戦績に影響するのです。さらに、故障の多さはチームの運営コストも上がってしまいます。そのため、選手のコンディションを整え、ケガや故障を予防するには、データを継続的に取得し分析することが必要なのです。

今後、アスリートの身体や行動データのデジタル化が進めば、スポーツにおけるAIの活用は一層進むと予想されています。スポーツでの勝敗を分ける指導力が、データ分析とアルゴリズムによって左右される時代が到来しようとしています。

スポーツ観戦方法にも大きな変化が到来

アスリートの行動のデジタル化は、スポーツを観戦する人々にも恩恵をもたらしています。競技場に脚を運び、肉眼で観ていたスポーツが、デジタルデータを活用することによって、これまでにない体験に変化。

この数年、世界各地の野球場やサッカースタジアム、アイスホッケーのアリーナなどでは、ICTを活用した「スマートスタジアム」へと進化しているのです。

スマートスタジアムは、これまでの競技施設にWi-Fi設備を備え、観戦者に高速のインターネット接続環境を提供。これまで大規模なスポーツ施設では多数の来場者のアクセスが集中するため、大量同時接続の高速インターネットの提供は困難だと言われてきました。

しかし、スマートスタジアムでは、数万人規模のアクセスが集中しても、インターネットのさまざまなサービスが利用できるのです。

たとえば、選手のこれまでのデータや試合に関する情報をスマートフォンでリアルタイムに確認し、これらの情報を確認しながら、よりリッチに競技観戦を楽しめるようになりました。また、観客席にいながら、スマートフォンのアプリでドリンクやフードの注文、ロボットに届けてもらうといった実験も始まっています。

2020年から本格的に活用される予定で、東京オリンピック・パラリンピックが実験の場になると言われています。

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臨場感あるスポーツ観戦ができる

スポーツの視聴手段も競技場やテレビで観戦するだけではなくARやVRデバイスを利用することが可能となります。

たとえば、札幌ドームではKDDIが米国Osterhout Dsign GroupのARグラス「R-9」を用いて、プロ野球観戦にAR体験を組み合わせる実験を行っています。

これは、目で見えるフィールド上の選手の動きに加え、ズームアップしたリアルタイムの中継動画や選手の統計情報を重ねて表示。デジタルデータと通信技術の進化が、試合会場で観戦することの価値をより高めることによって、スポーツ観戦の裾野を広げていくことになるのです。

競技場に足を運ばなくても臨場感溢れる試合が観戦できる時代がやってくることは間違いありません。

テレビ視聴の代わりにVRグラスによって、競技場で観戦しているかのような仮想体験が自宅で可能となります。2020年には競技場に足を運ばなくても、あたかもその場にいるような臨場感でスポーツ観戦できるようになる可能性は極めて高いのです。

まとめ

スポーツテックの進化は、東京オリンピックだけを目指したものではありません。アスリートの身体の動きや健康情田をデジタル計測するために培われた技術が、一般の人々の健康状態の見守りに利用されるなど、ヘルスケアやウェルネス(健康増進)の分野での活用へと広がりを見せるでしょう。

また、オリンピック・パラリンピックを機会に、AR・VRデバイスやそれを支える5G通信が広く普及することが期待されています。

IOC(国際オリンピック委員会)は、その使命として、オリンピック後も「よい社会的遺産」を開催国に残すことをオリンピック憲章に明記しています。スポーツテックがもたらす技術の発展と普及は、東京オリンピック・パラリンピック後も残り続け、テクノロジーにおける「オリンピック・レガシー」となることは間違いありません。