信用リスク管理システムの概要
信用リスクは、金融庁の金融検査マニュアル上では、以下のように定義されています。
信用リスクとは
信用リスクとは、信用供与先の財務状況の悪化等により、資産(オフ・バランス資産を含む)の価値が減少ないし消失し、金融機関が損失を被るリスクである。
信用リスクは、貸出からの資金収益を基本としている日本の金融機関にとって、最も重要かつ基本的なリスクです。最もわかりやすい例は、企業の業績悪化や倒産による貸倒引当金の積み増しや貸倒償却の発生になります。
信用リスク量の算出にあたっては、次のステップを踏む必要があり、各ステップをサポートするシステムが構築されています。
- 信用格付の付与
- 信用格付ごとのパラメータ算定
- 信用VaRの計測、ストレステスト
これらのステップを通じて、最終的には信用リスクVaRが計測され、統合リスク管理や経営管理(自己資本比率算出、資本配賦、顧客別採算管理等)へ活用されます。
信用リスクに関する動向
2016年7月現在、バーゼル銀行監督委員会が、リーマンショック等の金融危機の反省を踏まえて、各リスク量の計測手法について大幅な見直しを進めています。
信用リスクについては、金融機関や大規模事業法人などへの与信について内部格付手法(FIRB、AIRB)の適用を廃止し標準的手法を用いることのほか、リスクアセットの下限値を設ける「資本フロアの見直し」などが提案されています。
2016年末までに見直し作業が完了し、その後、移行期間を設けて数年単位で適用が進められていくことになります。バーゼル委員会の最新動向等については、今後注意深く見極めていく必要があります。
*これ以降の解説記事には、バーゼル委員会の最新動向は考慮していません。
信用リスク管理システムの概要図
以下に、信用リスク管理システムの概要図を示します。各金融機関により、システム構成は大きく異なります。
信用リスク管理システムの個別システムの概要
信用リスクを計測するためには、複数システムを組み合わせる必要があります。ここでは各システム単位で概要を説明します。
(1) 信用格付・自己査定支援システム
信用格付・自己査定支援システムは、個別の与信明細単位で、各金融機関の内部信用格付制度等に応じて、企業の財務内容や定性情報等をもとに、信用格付及び債務者区分を付与します。
具体的には、勘定系システムや情報系システムから、個別の与信明細や財務情報データを受領した後、財務データや返済履歴等に関する定量分析を行い、経営者の資質、技術力等の定性情報も加味した上で信用格付を付与します。
この信用格付は、自己査定における債務者区分と整合的であることが求められ、かつ、企業の業績悪化等の状況を適宜反映する必要があることから、当システムでは随時の自己査定支援機能も有しています。
(2) 外部格付データ
外部格付データは、外部格付機関や企業信用調査機関等が提供する、各企業に対する格付やスコアリングモデル等のデータです。各企業に対する信用格付付与や信用リスクのモデル構築に活用されます。
(3) パラメータ算定システム
パラメータ算定システムでは、信用リスクVaRを計測時に必要となる以下の基本的要素(パラメータ)を算定します。
デフォルト確率(PD:Probability of Default)
与信先企業が将来の一定期間内にデフォルトする確率です。
信用リスク・エクスポージャー(EAD:Exposure at Default)
与信先企業がデフォルトするときの与信額(エクスポージャー)です。コミットメントライン等、与信額が未確定の場合、一定の推計を実施する必要があります。
デフォルト時損失率(LGD:Loss Given Default)
与信先企業がデフォルトした場合、担保処分等の回収を実施した後の損失見込額です。「1-回収率」と同義です。
これらのパラメータのうち、各金融機関でどのパラメータの推計が必要になるかは、各金融機関が選択した信用リスクの計測手法に依存します。信用リスクの計測手法としては、標準的手法、基礎的内部格付手法、先進的内部格付手法の3つから選択できますが、このうち基礎的内部格付手法では、PDの算定が必要となり、先進的内部格付手法では、PD、EAD、LGDの全ての算定が必要となります。
なお、これらのパラメータの算定には、十分なデータの裏付けが必要となりますが、個別金融機関だけではデータの蓄積期間やサンプル数が不十分であることから、複数の金融機関が共同で信用情報データベースを構築・運用しています。
(4) 信用リスク計量システム
信用リスク計量システムでは、デフォルト確率(PD)、信用リスク・エクスポージャー(EAD)、デフォルト時損失率(LGD)を元に、業種相関等を考慮した上で、モンテカルロ法等により信用リスクVaRを計測します。
具体的には、以下の2項目が計測されます。計測された信用リスクVaRをもとに、統合的リスク管理が実施されます。
期待損失(EL:Expected Loss)
一定期間内に、与信先企業のデフォルト等により、平均的に発生しうる金融機関の損失になります。一般的には一般貸倒引当金でカバーされます。
非期待損失(UL:Unexpected Loss)
一定の条件下で生じうる損失の最大値から期待損失(EL)を控除したものです。一般的には金融機関の自己資本でカバーされます。
製品・サービス一覧
信用リスク管理システムの製品・サービス一覧は、以下のページを参照ください。
参考文献
参考文献一覧
- 金融庁(2015)「預金等受入金融機関に係る検査マニュアル」<http://www.fsa.go.jp/manual/manualj/yokin.pdf>(2015/10/26 アクセス)
- 金融庁(2015)「統合的リスク管理態勢の確認検査用チェックリスト」<http://www.fsa.go.jp/manual/manualj/manual_yokin/08.pdf>(2015/10/26 アクセス)
- 金融庁(2015)「信用リスク管理態勢の確認検査用チェックリスト」<http://www.fsa.go.jp/manual/manualj/manual_yokin/10.pdf>(2015/10/26 アクセス)
- 金融庁(2015)「資産査定管理態勢の確認検査用チェックリスト」<http://www.fsa.go.jp/manual/manualj/manual_yokin/13.pdf>(2015/10/26 アクセス)
- 金融庁(2015)「自己査定(別表1)」<http://www.fsa.go.jp/manual/manualj/manual_yokin/14.pdf>(2015/10/26 アクセス)
- 金融庁(2015)「償却・引当(別表2)」<http://www.fsa.go.jp/manual/manualj/manual_yokin/15.pdf>(2015/10/26 アクセス)
- 日本銀行 金融機構局 金融高度化センター 企画役 碓井茂樹(2015)「VaRの計測と検証」<https://www.boj.or.jp/announcements/release_2015/data/rel150929a2.pdf>(2015/10/22 アクセス)
- 日本銀行 金融機構局 金融高度化センター 企画役 碓井茂樹(2015)「ストレステスト、シナリオ分析」<https://www.boj.or.jp/announcements/release_2015/data/rel150929a3.pdf>(2015/10/22 アクセス)
- 日本銀行 金融機構局 金融高度化センター 企画役 碓井茂樹(2015)「内部格付制度と信用リスク計量化」<https://www.boj.or.jp/announcements/release_2015/data/rel150929a9.pdf>(2015/10/22 アクセス)
- 日本銀行 金融機構局 金融高度化センター 企画役 碓井茂樹(2015)「信用リスク管理態勢の整備」<https://www.boj.or.jp/announcements/release_2015/data/rel150929a10.pdf>(2015/10/22 アクセス)
- 日本銀行 金融機構局 金融高度化センター 企画役 碓井茂樹(2015)「金融機関のリスクガバナンス」<https://www.boj.or.jp/announcements/release_2015/data/rel150331a1.pdf>(2015/10/22 アクセス)
- 調査部(2013)「市場リスク管理システムの最近の動向」『金融情報システム』No.326(平成25年春号) pp.26-51. 金融情報システムセンター
- 調査部(2013)「金融機関におけるリスク管理に関するアンケート調査結果~リスク管理態勢高度化への取組み状況~」『金融情報システム』No.325(平成25年冬号) pp.48-103. 金融情報システムセンター
- 金融情報システムセンター(2015)『金融情報システム白書〈平成27年版〉』財経詳報社 417pp
- 統合リスク管理研究会(2002)『銀行員のための統合リスク管理入門』金融財政事情研究会 157pp